2017年5月16日火曜日

The Desteney of the UNKO ~運命のうんこ~





~彼の名は運 康介(うん こうすけ)。現在リフォーム会社に見習い現場監督として勤めている。彼は今日も二世帯住宅のリフォーム現場へと通勤したのだった。

「さーて今日も仕事頑張るかー。もう少しでこの現場も竣工するなー。」

いつも通りの朝8時に現場に着き、現場入りしようとした瞬間、彼に悲劇が襲う。

「うぐっ!?・・・ぐぐぐ・・・。ま、まずい・・・!!」

突然大きな腹痛に見舞われたのである。

「しまった・・・、朝調子にのって三ツ矢サイダーを飲みすぎた・・・。お腹を壊してしまった・・・。」

彼は今すぐにでもトイレへ駆込みたいと思った。

が、しかし、何とも運命は残酷な物であろうか、この現場には仮設の大便器が存在しないのである。

あるのは外部に簡易的に設けられた小便器のみ。
もしお腹を壊してしまった場合は車で5分はかかる距離にあるコンビニのトイレを利用するしか通常対処方法は無い。

「クソッ!! こんな所で・・・終わってたまるかヨォ・・・!!」

今回の腹痛はいつものそれとは違い、まるで一年に一度しか来ないビッグウェーブのようであった。

ー今動けば、出てしまう。ー

彼は車に避難し、ビッグウェーブが通り過ぎるのをひたすら耐え続けた。


そして約3分が経過した。ビッグウェーブは何とか過ぎ去っていった。まるで3時間のように感じられた3分間であった。

「ふう・・・危なかった・・・。」

何とか激痛を耐え切った彼は、「10時の休憩時間にコンビニのトイレを借りよう。」と考え、現場に入ることにした。


だがしかし、それは致命的な判断ミスであった。


また5分も経たないうちに第二波が押し寄せてきたのである。

「ウグゥ!!!」

彼はあまりの激痛に一瞬気を失いそうになってしまった。

第一波を耐えた彼にはもうそれを耐えきる体力は残っておらず、もはや彼の防波堤は崩壊寸前であった。

「・・・うう・・・・ヤバイ・・・。もう限界だ・・・!」

彼はある事を決心し、立ち上がった。

「こうなったら・・・あそこを使うしかない・・・。既存住居部分のトイレを・・・!!!」


そう、この現場には大便器は無いと前述したが、あくまでもそれは「現場の人間が使うことができる大便器」であって、物質的な大便器は実は近くに存在していたのである。

そもそも今回の工事は二階建ての一戸建てを二世帯住宅にするために、二階部分を大々的にリフォームする工事であったので、一階部分は手をつけていなかったのである。
つまり、そこにトイレがあったのである。

現在一階部分は、住人たちを一時的に近所のアパートへ引っ越させている為、誰もいない留守状態になっているのであった。

「一階の鍵はもしもの時のために家主から預かっている・・・!入ることは可能だ・・・!!」

玄関の鍵を素早く開け、ドアノブに手をかけた。

ー果たして、現場監督という立場の私が、このタブーを破ってトイレを利用していいのであろうか?ー
ーしかし、もし家主が今この場にいて、腹痛に苦しむ工事関係者を見たならば、きっとトイレを貸してくれるだろう。ー

など、頭の中を色んな考えが交差しながらも、ドアノブを素早く開き、トイレへと向かった。

そして、

危機一髪ではあったが何とか間に合ったのであった。

心身ともに、これほどに無い安堵感に包まれた。
そして、何もない日常こそが幸せだったという事に気付いた。

ーこれでようやく、この苦しみから解放できる。ー

彼はほっとし、トイレのレバーを回した。

が、しかし、更なる悲劇がまたしても彼を襲った。

トイレの水位がどんどん上がってくるのである。

ーおかしい。いつまで経ってもトイレが流れない。ー

これは運命のいたずらなのであろうか。
ようやくの思いで入れたトイレが流せない状態であったのである。

ーき、きっと何かの間違いだ。もう一度レバーを捻ればちゃんと流れるはず。ー

今まで常識と思っていた事とは逆の事が起こると人はパニックに陥ってしまうのだろう。

あろうことか彼はもう一度レバーを捻ってしまったのである。

「ひゃっ!ひゃぁあああ!!」

現実を受け入れられない心の弱さを見透かされているかのように更に水位は上がっていった。

便器上部スレスレまで水位がは上昇し、今まさに溢れんとしていた。



「ヤバイ!ヤバイ!ヤバイ!」

彼は死を覚悟した。
他人の家で勝手にトイレを使い、しかも大を溢れさせてしまった人間は社会的に抹消されるだろう。
頭の中にはそのような考えが浮かんでいた。

幸い、ギリギリの所で水位は止まり、少し下がった。

何とか一命を取り止めたものの、状況は最悪な事に変わりは無い。

ーこれをどう処理するべきか?ー

頭をフル回転させ、今までに得た知識や経験から解決方法を導き出そうとした。

ーこのまま蓋を閉じて逃げるかー
ーいや、結局それはいつかバレてしまうし、その時更に大事になってしまう。ー

ー何か別の容器に移して何処かの下水道へ流すかー
ーいや、それは運んでいる時に誰かに見られるとマズイし、そもそも容器に移す事のハードルが高すぎる。ー

何か良い方法は無いかと周囲を見回したとき、便器の横にトイレのスッポンを発見したのであった。

ーこれだ!ー

彼は藁にもすがる様な思いで、トイレのスッポンを便器に入れて必死にスポスポした。

「うおぉぉぉぉぉ!流れろおおぉぉぉぉぉぉぉ!」

とにかく必死に流そうとした。
まるで、ホラー映画でゾンビに部屋に追い詰められて、『もうダメだ』と悟った瞬間たまたま落ちてた銃を見つけて、『死に腐れ!この××野郎~!!!』と豹変して銃を必死に乱射するアメリカ人くらい必死であった。

彼の必死さが伝わったのか、便器の水位はみるみる内に下がっていき、何とか流れたのであった。

「やった・・・!」

人間どんなに追い込まれても諦めなければ何とかなるものだと思った。

そして証拠隠滅としてトイレのスッポンは綺麗に洗浄し、元あった場所に戻し、急いで現場へ復帰した。
現場では作業員達がいつも通り作業をしていた。

「あれ?運くん、さっき見当たらなかったけど、どこかへ行ってたの?」

ベテラン大工の台 便助(だい べんすけ)さんが話しかけてきた。

「いや、ちょっと野暮用がありまして離れていました。」

彼は苦笑いを浮かべながらも先ほどあった出来事を上手く誤魔化し、そして何気ない世間話を大工とした。

と、その時、彼はまたしてもある異変に気付いた。

ー何だか、臭い・・・!ー

そう、現場にいつもと違う異臭がしていたのだ。
その臭いとは、アンモニアのような鼻にツンと来るような異臭であった。
原因を突き止めるべく周囲を見渡してみると・・・見つけた!

小便器から濁った水が溢れ出ているではないか・・・!!


ーああ、神よ。一体なぜ今日は私にこれほどまでの試練を与えるのだろうか?私が今までに余程悪事を働いたとでも言うのであろうか?ー

そう彼が今日の自分の奇妙な運命に悲観している時、携帯電話が鳴った。
上司からであった。

「おい運。昨日そちらの家主さんから連絡があったのだが、家の地下にある便を溜める浄化槽が満タンになっているそうだ。やがてバキュームカーがそちらに向かって汲み取りをするらしいから対応宜しく。」

ーそういう事だったのか!ー

今までの不可解な出来事の原因がわかったのであった。

つまり、今回トイレが流れなかったのは、元々この家のトイレのシステムが汲み取りタイプの一昔前のトイレであり、偶然にも今日その容量が満タンになってしまってトイレを流すことができなかったのである。

そこで、運 康介(うん こうすけ)が無理矢理トイレのスッポンで流し込むことにより、トイレの浄化槽に強い圧力を掛けてしまい、その所為で簡易的に取り付けられていた仮設小便器が逆流してしまったのであった。

そう。小便器から汚水を逆流させたのは何を隠そう、運 康介(うん こうすけ)本人の仕業だったのであった。

ーマズイ!今この事実を作業員たちに知られたら現場はパニックに陥ってしまう!しかも早く処理しなければ中毒症状が誰かしらに起こり細菌テロとなってしまう!ー

近くにあったホース付きの蛇口を全開に捻り、勢いよく放水して汚水を水下へ流した。

「うおぉぉぉぉ!!!」

ホースの先端を指で強く潰し、小学生の頃「ターボ状態」と言ってた勢いの強い放水状態で流した。

「うおおおぉぉぉぉ!流れろおぉぉぉぉぉ!」

彼の目にはもう迷いは無かった。
どんなハプニングが起こっても、それに正面から立ち向かうだけ。
これまでの一連の出来事が彼を成長させていたのであった。

そして、

なんとか汚水は流れていき、異臭もほとんど無くなった。

もうこれ以上何も起こるなと彼は願った。
そして、そうこうしている内に先ほど聞いたバキュームカーがやってきた。
バキュームカーが汲み取りを始めると周囲には思わず「うっ」となるような発酵臭が漂った。

「はあ。今日は何という日なんだ。」

彼は肩を落とした。

ーまあでも、これだから現場監督は辞められないんだよな。ー

発酵臭が春の暖かい風に薄まり、遥か彼方へ消えていった。



終わり

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